シリア支援の現状と今後において、考えるべき論点を整理するための意見交換会をオンラインで実施しました。すぐ答えの出る問題ではないからこそ、様々な立場から、様々なレベルで考えるべき必要性を、改めて確認いたしました。シリア和平ネットワークは、今後もシリア市民に平和が訪れるよう、シリア和平に繋がる取り組みを実施していきます。
アジェンダ
- 市民生活の様々な側面において、どのような状態であれば、シリアの和平が訪れたと言えるか、具体像の共有
- 共有したシリア和平の状態に対して、クロスボーダー*支援の継続/停止が、与えうる影響の整理
クロスボーダーとは、国連安保理決議によって認められた、国際的な人道支援の枠組みです。同枠組みによって人道支援機関は、シリア国内で政府支配下にない特定の地域において、シリア政府の許可を得ずに事業を実施することができます。
意見交換概要
支援機関の役割
支援機関の基本的な役割は、食糧や衛生環境の整備といった、生きるために最低限必要となる物資の提供です。意見交換会では、この物資提供に専念すべきであるという立場と、それ以外の役割も担うべきであるとの立場が話されました。前者の立場からすれば、そもそもが避難者全員に支援物資を提供できていないのだから、活動が可能な地域だけでも物資の提供を実施すべきとなります。後者の立場からは、(1)物資以外、(2)中長期的なインパクトという二つの側面から、留保が述べられました。
(1)物資以外について。緊急支援に専念すべき主たる根拠として、必要最低限な物資さえ満たされれば、自律的に生活を再建できるという避難者の力への信頼が挙げられました。その根拠に対して、物資のみが関心事項になるのは、緊急事態の発生直後数日間のみであり、それ以降は物資以外の福祉的支援も必要である点が強調されました。高齢者や児童、障碍を持った方など、個人だけでは自律的に生活を営むことが出来ない方の存在が、注目されます。またシリアでは、目の前で親を殺された等、深いトラウマを抱えた児童が多くいることが、深刻に問題視されています。彼らに対しては、国際的なシリア支援の枠組み(SHARP)においても、心理社会的支援(Psychological Social Support:PSS)の必要性が提唱されています。
PSS事業に対しては、現行の緊急支援の枠組みで実施することの妥当性について、懸念が示されました。緊急支援とは異なり、PSS事業は当該分野の専門的知見に加えて、現場の文化的・社会的事情に通底した職員や、現地提携団体が必要となります。関連してPSS事業では、地域ごとに細かく活動内容を変更することが求められます。このPSS事業の性質に鑑みれば、事業の効率的な実施が要求されているような、現行の事業実施体制は適当ではないのでないかとの意見が述べられました。
(2)中長期的なインパクトについて。物資提供の課題として、その規模の小ささが挙げられました。国連機関(WFPやWHO)に比較すると、それ以外の支援機関が個別に実施する事業規模は、極めて小さくなります。その小規模な支援で選定基準を厳格に実施し、事務コストを払って事業を実施することが、本当に効果的な資金用途であるのか、意見が交わされました。むしろ中長期的にインパクトのあるような、エンパワーメント支援を実施すべきではないかという意見が述べられました。その例として、農業や手工業など紛争以前から存在した生計手段の再建に加えて、シリア人が試みる対話や理解促進を目的とした、草の根のイニシアティブの支援が挙げられました。
その一方で、資金規模が問題であれば、物資提供の資金を一括し各支援機関に割り当てるのはどうかとの意見が述べられました。物資提供事業においては、実施内容が大きく変わることはありません。各支援機関が実施しているような、ニーズ調査や現地提携団体の選定が一元化・簡素化されることで、各支援機関の事務コストを最小限にすることができます。そうして可能な限り大規模・迅速に、物資提供を実施することによって、総体として短期的支援のインパクトを強化する可能性について、指摘されました。
支援活動と対立構造
シリアに対する支援活動は、政治的な文脈の中で実施されます。それが故に支援活動が被る政治的な影響について、意見交換会では(1)党派的な評価、(2)外部勢力の利害の反映という側面が提起されました。
(1)党派的な評価について。人道支援を実施する過程で、活動地域を支配する勢力が利益を得ることはありえます。また中立的な支援機関と称していても、事実上特定の勢力に肩入れしている組織の存在も想定はされます。しかし、その部分だけを切り出して、人道支援=特定の勢力への支援という構図を強調されてしまう傾向が、シリアの支援活動で頻繁に見られることに懸念が示されました。対立的・党派的な文脈だけでは、全ての支援活動は特定の勢力に対する支援活動となり、当該勢力を認めない立場からすれば、不正義として批判の対象になります。この党派的な批判は、イデオロギー的性質を帯びるために、必ずしも支援規模に比例して展開されているわけではありません。そのために、支援機関を含む第三者の間でも、合意や原則論を対話する場の形成が難しくなっているという問題点が指摘されました。
(2)外部勢力の利害の反映について。支援機関の活動は、政治の文脈から独立可能であることを意味しません。ある支援活動では、欧米政府による反アサド勢力の支持の意図が明確であったことが述べられました。ドナー側がシリアに望む体制を投影するために、また自身の利害に沿ってシリア情勢が展開するために、支援活動が利用されている点が指摘されました。そして直近のシリア情勢では、諸外国から成る対立する両陣営が、共通利益と見なす現状維持のために、支援活動が利用されている点に懸念が示されました。シリア和平に向けた国際的なコンセンサスや、そのためのイニシアティブの不足を支援活動が反映し、逆に支援活動がそれらの不足の問題点を覆い隠す機能を持つ可能性、また支援活動を見込んで、武力紛争が継続する可能性について、注視すべきであるとの意見が出されました。
支援活動と積極的平和
支援活動が、シリアの対立構造を維持・煽動するために利用されている点は、しかしながら、避難者が今生き抜くための支援を停止する理由にはならない点が強調されました。それでは、逆に支援が対立を緩和するために機能することはできないのでしょうか。その関心から、(1)積極的平和の理念の導入、(2)制度的・組織的限界について意見が交わされました。
(1)積極的平和の理念の導入について。シリア以外の地域で今まで実施されてきた平和構築事業について、期待されていた成果を挙げなかった点、その理由として平和構築事業による帰結が極めて線的に想定されていた点が問題点として挙げられました。また平和構築事業の効果検証や検証結果の普及が、実務的・学問的に進んでいないために、政治的風潮に左右され場当たり的に、事業が実施されてしまう点に懸念が示されました。
これらの反省を踏まえた積極的平和構築では、紛争後の社会が単に暴力的行為がないだけではなく、対立的な雰囲気を解消するために、市民が中心となって積極的かつ継続的に関わることを目的としています。ただし国連安保理の機能不全を背景にシリアを巡る大局的な展望が欠如している中で、各支援機関が事業の中に積極的平和構築の理念を含めることができるのか、意見が交わされました。理念を実現するためには、シリア人だけでなく支援機関や諸外国の外交官等も含めて、様々なレベルでの相互作用を念頭に置きながら、各レベルで対話の雰囲気を醸成する重要性が指摘されました。具体な支援事業においては、教育支援のように、共存の考え方を取り込みやすい事業の存在が指摘されました。その一方で、物資提供事業において、積極的平和の理念を導入することは実現されていない点も指摘されました。
(2)制度的・組織的限界について。支援活動がもたらす対立構造の維持・煽動に対して、細心の注意を払うべきである点には合意が見られました。その一方で、どのように注意を払うべきかについては、支援活動の帰結の全側面を考慮すべきであるという立場と、それは現実的ではないという立場が話されました。
後者の立場からは、例え政治的・慣習的な問題のある地域に暮らす人々であっても、その政治信条は支援活動には関係なく、また全員がその問題となる考え方や慣行を受容しているわけでもない点が、強調されました。彼らの生死が、それら問題に対する支援活動の影響を考慮する上での基準ではないかという意見が出されました。
更に後者の立場からは、「Do No Harm」という人道支援の原則は、支援活動の直截の帰結において、避難者に害をもたらしてはいけない、という狭義に適用されるべきであるとの意見が述べられました。その立場からすれば、支援活動をシリア和平の大局に位置づけることは、支援機関の活動とは別次元で語られるべきであり、それは政府やアドボカシーを担う立場の人たちが行うべき作業となります。
Do No Harm原則が直接適用されないといっても、支援活動がもたらす政治的な帰結を全く考慮しないでいいわけではない点が、強調されました。その帰結を検討し今後の活動に活かすために、議論を重ねること自体は合意が取れます。しかし支援機関としては、事業を運営・実施することを第一に優先すべきであるところ、政治的な帰結に関する議論のために、組織的な資源を割くことが極めて困難である点が指摘されました。この困難性は、現行の支援体制が長期化・複雑化する紛争をそもそも想定していないという、制度的な要因に由来する点も指摘されました。そのために、個別的な事例への対応と併せて、長期化・複雑化した紛争に対する支援体制のレベルで、議論する必要性があるという意見が出されました。
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